創価学会員は立憲民主党には入れない?現場の拒否反応がヤバすぎた

創価学会員は立憲民主党には入れない

2026年、日本の政界に激震が走りました。立憲民主党と公明党による新党の動き、いわゆる「中道改革連合」構想の浮上です。

長年、自民党と連立を組んできた公明党が、まさかの方向転換を見せたこのニュースは、一般の有権者だけでなく、永田町、そして何よりも公明党の支持母体である創価学会の内部に未曾有の混乱を招いています。

「平和の党」としてのアイデンティティと、「政権与党」としての実利の間で揺れ動いてきた公明党ですが、今回の立憲民主党との接近は、これまでの路線変更とは次元が異なります。

SNS上や現場の学会員からは「ついていけない」「今回ばかりはF(フレンド)票を頼めない」といった悲痛な叫びが上がっているのが現実です。

杉山 制空

配食サービスのご利用者様のなかには、創価学会員の方がおられ、いつも投票を頼まれますが、今回は少し様子が違うようです・・・迷い?のようなものを感じます。

本記事では、ニュースの見出しだけでは伝わらない、組織の末端で起きている「感情の決壊」と「集票システムの機能不全」について、深掘りします。なぜ、鉄の結束を誇った組織票が今回に限って機能しないのか。その構造的な欠陥と、支持者たちが抱える深刻なジレンマを、選挙情勢の分析を交えて解説します。

目次

創価学会員が立憲民主党に票を入れない最大の要因

政治の世界において「昨日の敵は今日の友」という言葉は珍しくありませんが、今回の立憲民主党と公明党の接近は、その許容範囲を大きく超えていると言わざるを得ません。

特に、長年現場で活動を続けてきた熱心な創価学会員ほど、その絶望感は深いものがあります。

彼らが抱く拒否反応の根底には、単なる政策の不一致以上の、信条や過去の経緯に基づいた深刻な「裏切られた感覚」が存在するからです。

「今までのは何だったの?」半年前まで敵同士だった両党の確執

両党の確執

最も現場を混乱させているのは、あまりにも急激な「敵味方の転換」です。

これまでの選挙戦において、公明党および創価学会の現場組織は、立憲民主党(およびその共闘相手である共産党)を「平和を脅かす存在」「現実的な安全保障政策を持たない無責任な野党」として激しく批判してきました。

特に、安全保障関連法案憲法改正の議論において、立憲民主党の議員たちが国会で行ったパフォーマンスや、公明党幹部への個人攻撃に近い批判は、学会員の記憶に鮮明に焼き付いています。選挙のたびに「立憲共産党による政権奪取を阻止しなければならない」というスローガンを掲げ、それを正義として活動してきたのです。

杉山 制空

それが、わずか半年やそこらの期間を経て、「中道改革」という曖昧な言葉の下で手を組むことになったのです。現場の会員からすれば、「半年前に私たちが必死に訴えた批判は嘘だったのか?」「あの時の情熱を返してほしい」という虚無感に襲われるのは当然のことです。

人間には「一貫性」を求める心理があります。

特に宗教的な信念をバックボーンに持つ組織において、その信念に基づいた行動(選挙活動)の正当性が、上層部の政治的判断だけで一夜にして覆されることは、アイデンティティの崩壊を意味します。「立憲は敵」と教え込まれ、それを信じて戦ってきた兵士に対し、今日から「立憲は友軍だ」と言われても、感情の整理がつくはずがありません。この「過去の活動の否定」こそが、現在の絶望感の最大の要因となっているのです。

【創価学会員は立憲民主党に入れない】疑念を抱く理由

組織としての決定プロセスにも、大きな問題が生じています。

通常、公明党や創価学会は非常に統制の取れた組織であり、上層部の決定が末端まで迅速に伝達されるシステムを持っています。

しかし、今回の合流に関しては、その伝達内容があまりにもあやふやで、説得力を欠いているのです。

杉山 制空

漏れ伝わるところによれば、地域幹部から現場の会員に対して、「とにかく今回だけは何としてでも頼む」「深いことは考えずに勝つために動いてくれ」といった、極めて強引な指示が飛んでいると言われています。これは裏を返せば、論理的な説明が不可能であることの証明でもあります。

「なぜ立憲と組むのか」「政策の整合性はどうとるのか」という問いに対し、納得のいく説明が用意されていません。自民党の裏金問題や政治不信を理由にするにしても、それならばなぜ「維新」や「国民民主」ではなく、最も相性の悪い「立憲」なのかという疑問が解消されないからです。

従来の「上意下達(じょういかたつ)」の文化であれば、ある程度の無理も通ったかもしれません。

しかし、現代の情報社会において、会員たちもスマホでニュースを見れば、立憲民主党内の左派議員が公明党をどう評価しているか、あるいは世間がこの合流を「野合」と冷笑しているかを知ることができます。

外部情報の流入により、「上からの指示」と「客観的な現実」の乖離に気づいてしまった会員たちは、「執行部は現場の苦労を知らない」「私たちをただの集票マシーンとしか思っていないのではないか」という疑念(疑心暗鬼)を抱き始めています。

説明なき服従要求は、組織の求心力を著しく低下させ、結果として活動量の低下、サボタージュへとつながっているのです。

創価学会員選挙の頼みの綱「F票(フレンド票)」が頼めない理由

公明党の選挙戦術において、生命線とも言えるのが「F票(フレンド票)」の獲得です。

これは学会員が自身の友人・知人、親戚などに電話や訪問を行い、公明党(および推薦候補)への投票を依頼する活動を指します。しかし、今回の選挙においては、この最強の集票システムが機能不全に陥っています。

友人に「立憲に入れて」とは口が裂けても言えない心理的ハードル

「F票」の本質は、政策論争というよりも「信頼関係の切り売り」に近い側面があります。

「あなたが言うなら入れるよ」という、人間関係に基づいた投票行動です。これを行うためには、依頼する側に「自分が推している政党・候補者は絶対に正しい」という揺るぎない確信と、「友人に勧めても恥ずかしくない」という自信が必要です。

しかし、今回の「立憲・公明合流」はどうでしょうか・・・。

これまで「公明党はクリーンで、福祉に強くて、平和の党なんだ」と説明してきた会員が、突然「今度は立憲民主党の候補に入れてほしい」と頼むことになります。これに対し、友人から「あれ? 公明党って自民党と仲良かったんじゃないの?」「なんで急に立憲? 立憲っていつも反対ばかりしてる党でしょ?」と突っ込まれた際、明確に反論できる会員がどれだけいるでしょうか。

論理的な説明ができない案件を友人に頼むことは、自分の信用を失うリスクを伴います。

杉山 制空

「あいつは都合よく言うことが変わる」「結局、宗教の命令で動いているだけなんだ」と友人に思われることへの恐怖心。これこそが、今回F票が全く伸びない最大の理由です。

現場からは「口が裂けても頼めない」「友達をなくしたくないから、今回は電話かけをしない」という声が多数上がっています。 これまでの選挙では、功徳を積むための活動として誇りを持って行われてきたF取りが、今回に限っては「苦行」あるいは「恥ずべき行為」へと変わってしまったのです。心理的ハードルが限界を超えた結果、個々の会員の活動量は激減し、組織票の基礎数値が崩壊しつつあります。

「仏敵」と呼んでいた相手と手を組む矛盾に古参会員が離反?

さらに深刻なのが、信仰心の篤い古参会員層の離反です。

創価学会の歴史において、かつて共産党や一部の野党勢力との対立は、単なる政治対立を超えて、宗教的な「仏敵(仏法を妨げる敵)」との戦いというニュアンスを含んで語られることがありました(※現在は公式にはそのような表現は控えられる傾向にありますが、古参会員の意識には深く根付いています)。

立憲民主党の中には、かつての社会党や共産党と近いスタンスを持つ議員も少なくありません。そうした勢力と手を組むことは、古参会員にとって、自らの信仰の歴史、過去の戦いの歴史を否定することと同義になりかねません。

杉山 制空

「先生(池田大作名誉会長)が築き上げてきた平和の党が、なぜあのような勢力に利用されなければならないのか」という悲憤は、執行部への不信感へと直結します。これまでどんなに雨が降ろうと風が吹こうと投票所に足を運んできた岩盤支持層が、「今回ばかりは白票を投じる」あるいは「投票に行かない」という選択をし始めているのです。

若手会員が「説明できないから動かない」という消極的拒否であるのに対し、古参会員のそれは「教義や歴史に対する裏切りへの抗議」という積極的拒否の側面が強く、一度失った信頼を取り戻すのは極めて困難です。組織の屋台骨を支えてきた層の離反は、選挙結果の数字以上に、今後の組織維持にとって致命的なダメージとなる可能性があります。

F票(フレンド票)

地方組織はすでに崩壊寸前?互いに疑心暗鬼の選挙戦

国政レベルでの「握手」とは裏腹に、地方組織の現場では大混乱が生じています。

選挙とは本来、地道なドブ板活動の積み重ねですが、その現場指揮官である地方議員たちが、動きようのないジレンマに陥っているからです。

ポスター貼りも拒否?地方議員が抱える「説明できない」ジレンマ

公明党の強みは、全国に張り巡らされた地方議員(市議・町議レベル)のネットワークです。彼らは日頃から地域住民の相談に乗り、その信頼を基盤に国政選挙での集票を行います。しかし今、その地方議員たちが「ポスター貼り」すらままならない状況に追い込まれています。

ポスター貼り拒否

新党あるいは統一候補のポスターを街角に貼ろうとすれば、支援者や近隣住民から「なんでこの人と組むの?」「公明党はどうなっちゃうの?」という質問攻めに遭います。これに対し、地方議員自身も腹落ちしていないため、しどろもどろな説明しかできません。

説明できないポスターを貼ることは、地域での自身の評判を下げる行為になります。

次の統一地方選挙で自分の議席を守るためには、評判の悪い「中央の決めた候補」とは距離を置きたいというのが本音です。その結果、「表向きは党の指示に従うふりをして、実際には熱心に動かない」「後援会名簿をフル活用しない」という面従腹背の動きが加速します。

杉山 制空

また、立憲民主党側の地方組織との連携も絶望的です。これまで議会で激しく対立してきた相手といきなり「選挙協力の打ち合わせ」をしろと言われても、互いに腹の探り合いになるだけで、具体的な票の割り振り(バーター)の話などまとまるはずがありません。「あいつらに名簿を渡したら何をされるかわからない」という疑心暗鬼が、実務レベルでの協力を阻害しています。
過去の選挙データから見る「公明

過去の選挙データから見る「公明票が立憲に流れない」可能性

選挙アナリストの視点から過去のデータを分析すると、さらに厳しい現実が見えてきます。

一般的に、異なる政党が選挙協力を行う場合、単純な足し算(A党の票+B党の票)にはなりません・・・必ず一定数の「離反票」が出ます。

過去、自民党と公明党の連立においても、初期の頃は「相互推薦」がうまく機能しないケースが多々ありました。しかし、自公の場合は20年以上の時間をかけて、利権や人間関係を含めた強固なシステム(バーター構造)を作り上げてきました。

対して、今回の立憲・公明の協力は、あまりにも準備期間が短すぎます。データ上、公明党支持者は「保守的・安定的」な志向を持つ層が多く、立憲民主党の「リベラル・革新的」な政策とは水と油です。過去の出口調査などのデータを見ても、公明党支持者が選挙区で自民党以外に投票するケースは極めて稀であり、仮に党本部が「立憲の候補へ」と指示を出しても、現場の判断で「自主投票」に近い状態になるか、あるいはあえて自民党候補に入れる、最悪の場合は棄権するといった行動に出る確率が高いと予測されます。

「1+1」が2になるどころか、相互不信によって0.8や0.5になってしまう。これが、今回の「中道改革連合」が直面する数学的な絶望です。組織票というのは、構成員のモチベーションという変数によって、その威力が大きく変動するものなのです。

《総括》創価学会員は立憲民主党には入れない

今回の立憲民主党と公明党による「中道改革連合」の結成と選挙協力は、日本の政治史における大きな賭けであると同時に、公明党という巨大な集票マシーンが「内部崩壊」を起こすトリガーとなる可能性を秘めています。

記事を通じて分析してきた通り、現場の創価学会員が抱く「違和感」「恐怖」「矛盾」は、党執行部が想定しているレベルを遥かに超えています。

  • 歴史の否定によるアイデンティティの喪失
  • 友人への依頼不能によるF票の消滅
  • 古参支持者の離反と地方組織の機能不全

これらの要素が複合的に絡み合い、今回の選挙では「組織票が全く機能しない」という歴史的な大敗を喫するシナリオが現実味を帯びています。

読者の皆様におかれましては、ニュースで流れる「政権交代の足音」といった表面的なフレーズだけでなく、その裏側で起きている「人と組織の軋み」に注目して選挙戦を見ていくと、また違った景色が見えてくるはずです。

政治とは数ですが、その数は一人ひとりの人間の感情の集積です。

感情を無視した数合わせがどのような結末を迎えるのか、私たちはその目撃者となるでしょう・・・。

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